このくにのサッカー

セルジオ越後 × 賀川 浩

対談風景

対談相手プロフィール

セルジオ越後(セルジオえちご)
(写真右)(写真:中島真)
1945年(7月28日、ブラジル・サンパウロ市生まれ。日系2世。18歳でサンパウロの名門クラブ、コリンチャンスとプロ契約。非凡な個人技と俊足を生かした右ウイングとして活躍し、ブラジル代表候補にも選ばれる。1972年に来日し、藤和不動産サッカー部(現:湘南ベルマーレ)でゲームメーカーとして活躍。1978年より(財)日本サッカー協会公認「さわやかサッカー教室」の認定指導員として全国各地で青少年のサッカー指導にあたる。ユニークな指導法とユーモア溢れる話術で、現在までに1000回以上の教室で延べ60万人以上の人々にサッカーの魅力を伝えてきた。辛辣な内容のユニークな話しぶりにファンも多く、講演やテレビでの解説も好評。2006年に文部科学省生涯スポーツ功労者として表彰される。2013年には「日本におけるサッカーの普及」を評価され外務大臣表彰受賞。現在、HC栃木日光アイスバックスのシニアディレクター、JAFA日本アンプティサッカー協会 スーパーバイザーとしても活動中。

対談の前に

 2015年にFIFA会長賞を頂戴した。サッカーの試合を見て、その模様や選手たちのすばらしいプレーを人々に文字で伝える仕事をしてきた、いわばスポーツ記者として何十年か楽しませてもらった私がなぜFIFAから賞を受けたのか、今もってよくは理解できないが、一つ思い当たるとすれば、セルジオ越後だ。ブラジル生まれブラジル育ちのフットボールの「超才人」が1970年代にブラジルに帰りたいと言ったとき、もうしばらく日本にいてほしい、と引き留めた。セルジオが選手を引退した後、積み重ねたサッカーの仕事は、少年の指導にはじまり、テレビ、活字での評論を通じてサッカーへの理解を高め、日本と違うブラジル社会を紹介するなど多岐にわたる。そのセルジオが2014年のブラジルワールドカップに私に同行を誘ってくれたことが、FIFA会長賞につながった。60万人におよぶ少年への直接指導だけでも今日の日本サッカーをつくる基礎になったことを思えば、セルジオこそFIFA会長賞をもらうべき人だったが、彼より歳をとっている私がかわりに受け取ったのだと思っている。2人の話は、そのブラジルから4年後のロシア大会にゆくことからはじまった。

対談

広い、広いブラジル

セルジオ:もう、ロシアワールドカップが近づいてきたよ(笑)。行かなくちゃね。ロシアは近いから。ロシアへはブラジルの半分以下の距離で、乗換えなしで行けるから(笑)
 ロシアへ賀川さんと一緒に行こうと言ったら、みんな心配しているよ。賀川さんは行けるけど、僕らは大丈夫かって(笑)。ロシアへは必ず行きましょう。誰も破れない最年長取材記録を作りましょう。ロシアへ行ったらたぶん破られない。

賀川:ロシアはブラジルと同じように広いね。なにしろ、僕らの先輩の川本泰三さんが、シベリアで捕虜になったとき、鉄道でバイカル湖のところを走り始めて、半日経ってもまだ湖のそばを走っていたそうで(笑)。それくらい広いと。

セルジオ:ブラジルだってサンパウロ州が日本より広いからね(笑)。

賀川:レシフェ(ブラジル東端の港町。日本対コートジボワールの会場)へ行くのに何百キロもバスに乗ったわけだからね。

セルジオ:あれはまだ近かったほう(笑)。

賀川:(2014年ワールドカップでは)セルジオのおかげで、大西洋岸の、それも赤道近くでアフリカに近い、ヨーロッパに一番近いブラジルに行けたからね。

セルジオ:仕事でも普通はあそこまでは行かない。大抵はリオ、サンパウロまでですね。観光もリオやイグアスの滝まででみんな北の方までは行かないね。

賀川:ワールドカップのおかげでものすごくありがたい経験やったね。砂浜からはるか大西洋を見てね。

セルジオ:ちょっと違うブラジル(笑)。魚は美味しいしね。

賀川:ほんとブラジルへ行って魚料理が美味いとは知らなかった。肉ばかりだと思ってた(笑)。ウルグアイだと肉しかないんでしょ?

セルジオ:そうなんです。アルゼンチンもどちらかと言ったら肉ですね。

賀川:笑い話があって、アルゼンチンで食事していて、犬がいたから肉を落としてやるとフンという顔をして、ジャガイモを落としたらガブッと食べたって(笑)。

セルジオ:なるほど、「また肉か」って(笑)。

賀川:肉は庶民の食べるものと思っている(笑)。

あなたが広めてくれたこと

賀川:日本と正反対のような国、ブラジルから来て、もう何年になるの?

セルジオ:44年目に入りました。早いよね。当時はアンカレッジから周ってきたのね。ヨーロッパ経由でも当時のソ連は通れなかったからね。

賀川:北極回りの飛行機でヨーロッパへ行った時代やからね。そうか44年か。あなたの人生の半分以上やね。

セルジオ:もう日本の方が長い。27歳で来て、もう70歳だからはるかにこっちのほうが長い。あっという間です。

賀川:日本語も上手になったし。

セルジオ:おかげさまで。覚えていますよ、サッカー教室で賀川さんに言われたこと。「あなたが子どもに人気があるのがわかった。あなたの日本語は小学生にちょうどいいレベルだ」(笑)。

賀川:そういう意味で言うたわけやないけど(笑)。

セルジオ:子どものサッカーは僕の日本語みたいに、“ひらがな、カタカナ”だけで十分で、“漢字”は後からでいいからと。サッカーは難しく考えない方がいいよと。

賀川:だから、まずサッカーの“ひらがな、カタカナ”を教えて、ひらがなとカタカナを知っていればちゃんとした文章が書けるよと。

セルジオ:高校とかで“漢字”を覚えればいいよと。

賀川:まずボールを扱うことが楽しいということを、あなたがサッカー教室で広めてくれたおかげで、日本サッカーは今いい方向に向かっている感じがする。いろんな紆余曲折はあったけど、やはりサッカーへの入り方はそれだと。

セルジオ:サッカーを見る機会がない時代でしたから。テレビ放送も少ないし、日本リーグの試合も限られた地域だけだったし。子どもたちが目の前で技術を見ることができない時代で、日本サッカーにとってそれは何十年分ものハンデだったと思いますね。止まった絵だけでは全部は分からないのね。やはりテレビで見たり生で見たりしないと。今では北海道から沖縄までチームがあって、大人がサッカーをやって子どもが見られる。テレビをつけたら夜中まで試合を中継しているし。

賀川:考えてみれば、日本サッカーは大正12(1923)年にチョウ・デンというビルマ(現ミャンマー)人が来て、そこで初めて「ボールはここで蹴るんだ、こうやるんだ」と教えてくれた。それまではサッカーのルールブックしかなくて、11人でこんなことをするということは分かっていても、ボールの蹴り方は分からない。神戸一中でも大正12年の頃の先輩連中は「しっかり蹴れ!」というだけで、どうやったらしっかり蹴れるのか分からなかった。そこへチョウ・デンが来て足の甲で蹴るのもあればサイドキックもあると教えてくれた。

セルジオ:ビルマ人? それは意外です。

賀川:2015年の民主化以降、ミャンマーへ行って調べようかというムードもあるんです。そういう人物がいて、最初に広めてくれたと、この間NHKでも放送されました。チョウ・デンはスコットランド人にサッカーを習ったはずです。当時ビルマはインド領でイギリス支配だったのだけれど、インドよりもさらに遠い国へはイングランドの連中は来ない。代わりにアイルランド人とかスコットランド人が外地で稼ごうとやってきていて、ビルマではスコットランド人がショートパスのサッカーを教えたんだと思います。

セルジオ:今でもイングランドよりもスコットランドの方が足技はある。細かいのね。

賀川:そうそう。芝生もスコットランドの方がよかった。イングランドの芝は深くて、ドーンと大きく蹴るサッカーで、スコットランドはわりとつなぐサッカーだった。それが神戸一中に入って、さらに日本代表にも入って、ショートパススタイルになるわけなんですけど、自分で見本を示して教えてくれたのがチョウ・デンさんでした。その後しばらくそういう外国人コーチがいなくて、日本人は自分たち自身で一所懸命にやって、ベルリン・オリンピックでも頑張った。戦後オリンピックが東京へ来るのにサッカーはアジアでも勝てなくて、かっこ悪いから何とかしようと、西ドイツ(当時)へ頼んでクラマーに来てもらった。

セルジオ:クラマーさんに指導を受けた人はみんな、自分で動いて見せる人が多いんです。ヘディングはこうする、トラップはこうすると。それを見ることができる機会が少なかったからね。

賀川:ベルリンの頃も名選手はいたんですが、試合をやってみせることはあっても、説明しながらというのはなかなかできなくてね。

セルジオ:僕も子どものサッカー教室でいろいろ勉強になったのは、変わった技を見せたら、子どもたちは「教えてください」じゃなくて「もう1回見せて」と言うんです。まさに「目」から入るのね。そういう環境だった。今は見る機会が多くなったけどね。

賀川:サッカーを強くしないといけない、走り回らないといけないと言われてきて、そこへクラマーが来てボールテクニックが大事だと言った。ヨーロッパの選手は相手にフェイントをかけて外すときに、「1、2」くらいでやってしまうけど、日本人だと「1、2、3」とかかる。でもブラジル人は「1」だけでやってしまう(笑)とクラマーは言い続けた。セルジオは現役をやめて子どものサッカー教室をやりだして、「1」だけで振り返ってしまう最高の技を見せながら、まずはボールと仲良くなることから教えてくれたわけです。それがものすごく大きかった。チョウ・デンが旧制中学生相手に、クラマーは大人相手に教えたけど、セルジオはまず少年層に、ボールを扱うのはこんなに面白いんだと教えた。ボールはどうやったら上へ上がるのか?こどもは大抵引いて上げるけど、セルジオは「こっちの足で蹴ってこっちに当てたら上がる」と。転がってくるボールはつま先で上げる、横で蹴っても上げる、最後にヒザを地面につけて上げる。それがすごく印象的だった。ボールは体のあらゆるところで触って、あらゆるところで自由になるんだということを教えていたね。

セルジオ:子どもの頃、僕の母親は「サッカーを投げに行くの?」と言っていた。足で蹴るのではなくて、手でやる発想なんですね。僕も違和感はなかったです。野球の山下大輔(元大洋)と仲がよくて、彼はグラブさばきがすごく上手なので、「あなたのグラブさばきは僕の足さばきとそっくりだ」(笑)と言ったら、ブラジル人しか言わない言葉だと言って、彼はそれをすごく気に入ってくれた。

試合に出ることが子どもの「特等席」

賀川:セルジオは子どもの頃から上手いほうやった?

セルジオ:そうですね。自分ではそういう自覚はなかったんですけど、みんなそう言います。ブラジルではいろんなところで草サッカーをやっていて、上手い選手は「ウチでやらないか?」と誘われるんです。数え切れないくらいのチームに誘われるんです。上手くない人を他のチームは誘わない。だいたい草サッカーというのは、常に選抜して戦うのよ、勝ちたいから。いろんな地域のチームがそこで試合をして「もしよかったら、来週ウチにこないか?」とか言われて、そういうところを回ってプレーしていたら、「あなた、プロチームに行ってみませんか?」ってね。ブラジルのスカウティングは街じゅうにいる。そのチームのファンが自分の応援しているチームに、いい子を紹介したいと思っている。演歌歌手のようなもの(笑)。歌いまくって誰かに拾われるという感じで。

賀川:声がいいから歌が上手いのと同じことで、やっぱりボールを扱ういい「素材」だからであって、ブラジルの中でも全部が全部みんな上手いわけじゃないからね。

セルジオ:僕と一緒にやった仲間でも、みんなが上手くなってはいないからね。小さいときほど色んな人に褒められることでなんとも言えないやり甲斐が出てくるの(笑)。フェイントとかが上手いと言われたら、それをもっとやりたくなるのね。日本でも同じで、子どもは褒めて育つんです。「それ、上手いよ!」と言うと子どもはくりかえしそれをやろうとするのね。環境って大事だよね。

賀川:サッカー教室はまだ続けているの?

セルジオ:たまにね。足技を見せたりはできるけど、もう70歳だからそんなに走れないし。仲間でフットサルとかやると、「70歳でそれ位できたら上出来だよ」と言われるね(笑)。

賀川:誰かが言ってたけど、今でもセルジオは時々むきになるって(笑)。

セルジオ:なるなる。性格は年をとらないのね(笑)。

賀川:まあ、負けず嫌いでないと上までは行けないからね。

セルジオ:スポーツは常に競争だからね。もっと上、もっと上という気持ちがなかったら、自然に上へは行かないですからね。僕はブラジルでは同級生だけで遊んだことがなくて、いつも先輩も一緒だった。年上と一緒にやることで、学んでいくのね。技術も試合の中で先輩が教えてくれた。試合に出て学ぶというのは“特等席”ね。僕がいつも言うのは、「技術というのは伝わってくるものであって、教えるものではない」ってね。弟子入りというのは、大工さんにしてもお寿司屋さんでも、現場にいるだけで覚えていくのね。だから、専門学校とか料理学校へ行かなくても、現場で学べる。スポーツも同じじゃないかなと思うの。そういう環境があったブラジルで、日本人の僕が育ったということ。僕にしてもネコ(ネルソン吉村:吉村大志郎、元ヤンマー)にしても与那城(ジョージ、元読売クラブ)にしても(セイハン)比嘉(元藤和不動産ほか)にしても、日本で生まれなかったから、伸びたんじゃないかなと思う。だから今の日本人もそういう環境があれば、まだまだ可能性があるんじゃないかなと思います。

賀川:そうやね。セルジオたちのおかげで、日本でもボールをゴールに向って蹴ったことのある子どものほうが、バッターボックスに立った経験がある子どもよりも多くなったはずです。

セルジオ:なるほどね。僕はブラジルで生まれ育ったけど、あそこにはほとんどサッカーしかないの。日本は野球しかなかった。今はマンションが増えて、車が増えて、そこでやったらダメ、あそこでやったらダメと、思い切って遊ぶところが限られているんです。公園へ行っても、滑り台はあっても物を投げたり、ボールを蹴ったりしたらすぐに怒られるし。昔の方がいろいろできる空き地とかがあったからね。

賀川:昔に比べればブラジルでもそういう場所は減った?

セルジオ:町の中には少なくなった。郊外に行かないとそういう草サッカーグラウンドはないんですよ。僕が生まれ育った当時は、道路が土だったし車の数も少なかった。道路は整備されているから、子どもにはいいグラウンドだったのね。向こうとこっちにゴールを作って、試合をやっていてたまに車がやってきてみんなよけるんです。またしばらく車が来ないからサッカーをする。今そこへ行ったら、アスファルトになって、車がビュンビュン走るからサッカーはできない。

賀川:ブラジルでもアルゼンチンでも子どものための広場を残さないといけないことになるね。

セルジオ:昔の南米は全部一軒家で、マンションってなかったのね。それで庭があったり、空き地がいっぱいあったりして、それがみんなの遊び場になっていた。そういうところが都会からなくなってきていますね。僕は特別なことができる選手が生まれるのは環境じゃないかなと思っているんです。今ではブラジルではネイマールしかいないくて、あとはみんな似ているなって。ロナウジーニョもロナウドもいたけど、今はいないね。そういう時代に入ってきたのね。アルゼンチンもメッシが最後じゃないかと言われているし。

賀川:バルサでそのメッシの面倒を見たのはロナウジーニョだったね。

セルジオ:そうです。バルサへ行く前のアルゼンチン時代のビデオを見たら、あの小さい小学生がデコボコのグラウンドでやっていた。そういう場所が減ってきているのね。

賀川:ドイツなんかでも、施設を作るのが大事になっている。

セルジオ:昔は西ドイツと東ドイツに分かれていて、サッカーのスタイルも違っていた。壁がなくなって指導方法は東ドイツの方がいいんじゃないかという反省をして、東ドイツ出身の(ミヒャエル・)バラックとかが代表に入って、明らかにドイツのサッカーは変わってきた。結構、足技があるんです。

賀川:東ドイツの方が貧しかったこともあって、広場も西ドイツより多かったしね。

セルジオ:それとソ連の影響を受けていましたね。僕はアイスホッケーに関わって勉強したけど、アメリカのパワフルなアイスホッケーと違って、ソ連とかチェコはすごく細かいのね。

賀川:ヨーロッパは、イギリス人以外はどちらかというと技術的な傾向が強いですね。アイスホッケーではソ連のころからロシア人はスティックワークが細かい。アメリカとカナダのアイスホッケーはガンガン体当たりする(笑)。彼らにはあれがないと面白くないんですね。

セルジオ:チェコとかはスケーティングも細かくてね。今はアイスホッケーのルールもファウルのとり方が変わってきたから、ヨーロッパの選手の方が有利になってきています。

賀川:上手な選手が育つから。

セルジオ:まさにサッカーもそうですね。今のヨーロッパは南米とヨーロッパの選手が混ざったチームでまた新しいサッカーができるようになったのね。

賀川:バルセロナがいくら強いといっても、前の3人はみんな南米人だから(笑)。

セルジオ:後ろにも(ハビエル・)マスチェラーノがいて(笑)。

賀川:あのポジションで色んなことができるのは素晴らしい。

セルジオ:岡田(武史)元監督もサッカー協会も、みんながバルセロナのサッカーに憧れているからね。でもバルセロナのサッカーをやりたいなら、日本のJリーグのように外国人枠が3人だけでは無理だよ(笑)。バルセロナも外国人3人だったら、あのサッカーはできませんよ。

賀川:とにかく国籍に関係なく上手い選手を置いただけのことやからね。日本もこれからはもう一度、外国人選手の使い方を考えないと。一時は大勢いたけど、最近はもちろん経済的な問題もあって獲れないしね。

セルジオ:日本もグローバルに合わせて行かないと。外国人枠を自由にするということはみんなに使いなさい、というのではなくて、使いたいならどうぞということでね。日本もプロのレベル向上というのをもうちょっと考えたらいいんじゃないかと思いますね。カテゴリー分けでもブラジルでは最初から国際的なFIFA基準のアンダーいくつというのでやっているんだけど、日本では学校の6-3-3でやっている。世界基準に合わせなかったら日本は一生追いつかないんじゃないかなという感じがするのね。

賀川:それはあるね。

セルジオ:もう一つ気になるのは、ブラジルはどんどん人口が増えているんですよ。日本は何年も前から少子化だといわれている。子どもが減っていくことへの対策をサッカー協会もスポーツ団体も何も考えていないのが気になるね。トップの強化だけを考えて社会の変化への対策を見逃しているんじゃないかという感じがするのね。地方へ行ったら、もう明らかに人数が減って、学校がなくなったとか、3校が2つになったとかいう現象があるのに。

賀川:それは国もそれぞれの団体も考えないと。

セルジオ:今、経済的によくなっていることもあって、中国はもちろん、タイとか東南アジアで人口が増えているところのレベルが上がってきている。日本では、町田SSSとか団地があったところで少年サッカーが強かったけど、今では子どもが減ってしまった。

賀川:小学生がみんな大人になってしまったからね。

セルジオ:高齢化社会で大人ばかり住んでいるのね。そこでも子どものサッカーチームが弱くなっている。そういう現象を見たら、強化はもちろん大切ですけど、やっぱり僕は普及を手伝ってきたこともあって、もう一度、子どもにもっと焦点を合わした方がいいと思う。このまま行ったら危ないなと思うね。

まだ日本は半分アマチュア

賀川:セルジオは子どもに教えると同時に、辛口トークを始めたね。

セルジオ:僕はアマチュア、草サッカー、少年サッカーには全然厳しくない。解説させたら別人です(笑)。なでしこもそうですけど、みんなプロじゃないです。プロじゃない人にああだこうだ言ってもしょうがないんですけど、プロはけじめです。お金をもらってプレーで返さないといけない。スポンサーや入場料を払っている人に借金してサッカーをやっているようなもんだから、もっと結果を出せ、結果を出せというべき。ボランティアでやっている人には別に怒らなくていいでしょう。でも勤めている人には厳しい。そのけじめが僕の伝えたいことで、まだまだ日本は半分アマチュアなのね。プロとアマチュアは全然違うんだということを分からないといけない。

賀川:この間も僕がスポーツ新聞のサッカー記者に、「クロスを誰の頭に落とすか決めて、10本蹴って6本しか成功しないものを8本行くように、確率を80%に上げようと思ったら、その2本のためにどれだけ練習しないといけないか、選手も監督も分かっていないのと違うか」と言ったら、「その20%が必要ですか?」って。「みんなお金をもらって練習して試合をしているんだから、その20%を上げるために1日何本も蹴るのは当たり前だろう」と言ったんだけど。

セルジオ:それはブラジルでプロになってから教えられました。皮肉を言われた選手がいました。すごく年俸が少なくて、経理部長が「君はウチで一番高い選手だよ」と言うと、「そんな事はない。これだけしかもらっていないよ。あいつはスターでものすごくもらっているじゃないか」と選手は言い返す。経理部長は、「違うよ。今シーズン、君は15分だけ出てこんなにお金をもらっているじゃない」って(笑)。「スター選手は高い年俸をもらっているけど、ものすごくウチにお金を返してくれているんだよ。あなたにどれだけ経費がかかっているのか知っているか」ってね。道具、遠征、ドクター、食料から全部、返さないといけないんだよって。日本のプロスポーツ選手は返さないでいいと思っている。自分にかかっている一年間の経費がこんなにあるんだという自覚を持たないと。銀行もちゃんと返したら、また貸しに来るよ。返さなかったら二度と貸してくれないよって。それを僕は戦力外と言うのね。甘いのね、みんな。

賀川:クラブが芝生のグラウンドを使っているのも、ものすごく経費がかかっているんだからね。

セルジオ:僕もプロをやめて勤めるようになって気づいたんです。泊まったことのあるホテルに泊まろうとしたら、こんなに高いのかって(笑)。リオまでの飛行機を取ろうとしたら、こんなに金がかかるんだなって。だから、ホテルの格も落とさないといけない。バスで行かないといけない。選手じゃない人はジムで鍛えるのもお金がかかるんだよ。あなたは金をもらってただでジムを使えるんだから(笑)。そういうことが日本の選手はほとんど分かっていないんじゃないですか。

賀川:海外へ移籍して、ようやく分かってくるのかもしれないね。

セルジオ:その通りですよ。

賀川:(香川)真司なんかでも、ちょっとコンディションが良くなってきたけど。

セルジオ:向こうではメディアに追い込まれるのね、甘くないから。頑張ったらすごく持ち上げるけど、よくなかったら、サポーターも「真司の時代は終わった」と言い出すのね。そうしたら刺激されてまた頑張って、また調子が上がる。メディアとサポーターからすごく観察されているのね。ただ褒めると甘えてしまって、遊びに走るんですよ。そこで僕らの仕事は「休まさない」ということじゃないかなと。

賀川:いつももう少し上の目から見てやらないといけない。

セルジオ:僕がいつも言うのは、「引退してから反省したって遅いよ(笑)」。よく分かっている選手もいるし、今年も厳しいアドバイスをお願いしますと言われるけど、分からない選手が多いじゃないですか。

賀川:プロで練習しすぎて死んだ選手は一人もいないよって話をするんだけどね(笑)。アマチュアでは、昔には一高、東大を出て日本代表になって、しかも高等文官試験を東大在学中に通って官吏を目指して、サッカーの猛練習と猛勉強の両方がんばって胸を病んで亡くなった先輩もいたんだけど、今のプロはサッカーだけをやればいいんだから。

セルジオ:それに働いている時間はそんなに長くないよ(笑)。すごく贅沢ですよ。引退したら社会が変わるんだから、それまでちゃんと貯めておけと。もらい過ぎたら節税もいいけど、よくブラジルで教えられたのは、ベンツに乗るのは引退してからだよと。

賀川:なるほどね。

セルジオ:だから引退するまでは、不動産に投資するんだよ。ベンツというのはディーラーから出た瞬間に値が下がるんだよって。不動産は値上がりしていくんだよって。そういうアドバイスは、サッカーが文化になって長い国だから、先輩から後輩に伝わっていく。ただ、「贅沢をやってもいいじゃない」って言う選手には、「あいつみたいになるよ」という悪いお手本もいっぱいあるんです。日本にはまだ少ないんですね。

賀川:日本でもプロができたばかりのころは、いきなり立派な車に乗っていた選手もいた。

セルジオ:痛い目にあうお手本がないからそうなっていくけど。世界のプロサッカー文化から見れば、日本はまだ子どもみたいなものじゃないですか。僕はサッカーの歴史が古い国から来たから、少年サッカーの指導をしたときから自分なりに経験したことを伝えたかったし、メディアにもサッカーどころのメディアはどういうものかということを伝えたかった。よく言うのは「ブラジルに辛口はいないよ。褒めることと厳しいことを言うのが仕事だから」と。日本では評論家は現場に戻りたいから、仕事の場では厳しいことを言わないのね。プライベートになると、めちゃめちゃ言うのね(笑)。それが本音だけど、言えないのは、要するに現場に戻りたいから遠慮するのね。結局、褒めれば雇ってくれるんじゃないかとね。それはちょっと違うんじゃないかなと思うのね。

賀川:普段話すこととメディアに載せることとは、ちょっと別だからね。

セルジオ:ある選手が言っていたのは、あの人はメディアにいたときと、監督になってからとは全く別人だって(笑)。僕は評論家も指導者だと思っているのね。選手らに何がよかったか、何が足りなかったかを教えるのが評論家じゃないかと思うの。僕は選手たちに「監督、コーチに厳しいことを言われなくなったら心配しろ」と言うんです。言われなくなったのは、あなたが計画に入ってないからだと。そういうところが蚊帳の外の人と、中で伸びて欲しい人との立場の違いだから。僕はいくら辛口と言われても全然気にしないです。

賀川:別にそれほど辛口なことを言っているつもりもないわけやね。

「大谷君はサッカーの敵(笑)」

セルジオ:昔と比べたら日本は上手くなっている。でも相手も上手くなっている(笑)。伸びているのは日本だけじゃないのね。

賀川:相手のチームが上手くなってきて、その中に1人か2人日本人よりも上手い選手が時々いる。

セルジオ:中東ももうボカボカ蹴ってこない。結構つないでくる。

賀川:東アジアの強い仲間ともっとしょっちゅう試合すればいいのに。

セルジオ:あとは、リーグが一番いい強化になるから、Jリーグのレベルをもう1回押し上げるためにお金を集めないと。中国とかの動きを見たら、Jリーグが始まったときに日本が一気にレベルアップしたように伸びてくるんじゃないかという心配があります。

賀川:中国にはいい選手が来てるね。いい選手と一緒にやれば伸びるからね。

セルジオ:中国は国を挙げて子どものスポーツ対策をやり出したでしょう。あれがJリーグの初期と同じじゃないですか。今のJリーグは、まだまだ基本的なところは忘れちゃいけない。

賀川:ここまで野球と同じくらい広がったからといって油断しないでもっと根を深めていかないと。

セルジオ:そうなんです。お金がないないと言いながら、日本サッカー協会は21億円の黒字だという。(注:2014年度決算)でも、なでしことフットサルは、金がなくて困っている。矛盾していると思う。そんなに黒字にならなくていいじゃない。その21億を困っているカテゴリーにまわしてあげたらいいじゃないと思うんです。なでしことフットサルはアジア予選で負けたんです。両方お金で困っている。選手もアルバイトしながらやっている。それで協会が21億円の黒字だと発表するのはね(笑)。

賀川:それを誰かがアドバイスしないとアカンよね。そのためにはメディアが協会に対しても厳しい目を向けないといけない。

セルジオ:オリンピック代表は昔と比べるとずっと国際試合が少ないんです。Jリーグでも、その年代の選手を試合に出してくれないとか、そういう問題を解決しなかったら、下から上がってこないよね。いずれ、なでしこみたいになっちゃうよ。勝ちだしたら選手を入れ替えなくなるのね。大丈夫って、なでしこもそう思っていたんだから。ふたを開けてみたらみんなベテランになっていたって。今、本田や岡崎も29歳ですよ。長谷部は30代に入っている。平均年齢はすごく上がっている。その次の世代がポジションを奪わなかったら危ないって。そこに気がつかなかったら怖いな。

賀川:この頃は次の世代の選手も、前をゆく選手を追い越さなくちゃいかんのだなという気にはなっているようだけどね。

セルジオ:子どもは減っている。でも、テニスをやっていなかった子が錦織のおかげでみんなテニスをやるようになった(笑)。五郎丸のおかげでみんなラグビーを始める。ウカウカしていたら、サッカーをやる子を全部とられてしまう。競技間でそういう競争があるのね。強い国というのは、勝つから、すごい選手が出るから、子どもたちはそういう選手になりたいとあこがれるんです。野球の日本ハムの大谷君とか、僕はサッカーの敵と思っているからね(笑)。あまり褒めて、すごいお金をもらっているなんて言ったら、みんな子どもは大谷の投げ方で投げますよ(笑)。子どもがアイドルにあこがれるということが本当に大事だということを考えないといけない。

残り30秒のサッカー

賀川:今の日本代表の話をしましょう。ハリルホジッチはどういうサッカーをしようと思っているのか。

セルジオ:気になるのは、格下相手でも前半は結構苦戦しているのね。リズムがワンパターンだよね。「早く早く」って。そのあたりが苦戦の原因だね。

賀川:相手は体が動いているうちはついて走ってくる。ボールをもらったときに相手はまだすぐそばにいる。そうなるとシュートチャンスであっても、ちゃんとしたシュートを打てていない。だから点にならないですよね。

セルジオ:それでだんだん慌てて、ゆとりがなくなる。「そんなに一所懸命に走って、どうするんだ。どこかでフッと抜いたらどうだ」と言いたいですね。

賀川:セルジオだったらフッと抜いて一呼吸遅らせる。ヤット(遠藤保仁)がおればそれもできるかもしれないけど。もうヤットは退いちゃったし。

セルジオ:みんな残り30秒のサッカーをやっているのね(笑)。

賀川:ウォー、ウォーとね。それを見ながら、「どうやったらできるんですか」と若い記者が聞くから、それは自然に動いているうちに掴んでもらうしかないという話をするけど、そういうものがあることを分かっていないといけない。こっちがフッと止まったら、向こうも止まるんだから、そこで抜けばいいんだけど(笑)。それがない。

セルジオ:試合前にやっているボール回しのリズムが、試合になると全然ないのね。

賀川:昔、長沼健(元日本サッカー協会会長)さんが関西学院大を卒業して、中央大学へ編入で入るとき、「健さん、中央大へ行くんだって? あんた自身のサッカーは早いサッカーだけど、どこかでフッと止まることも覚えたほうが面白いよ。緩急を覚えたら楽になるよ」と言ったんです。関学は当時ロングボールばかりだった。後に彼が協会の役員になって、車で送ってもらったとき、運転しながら「あの話、覚えていますよ。あれから点を取れるようになりました」と言っていた。ああ、聞いてくれてたんやなと思った。

セルジオ:魚釣りの名人は最初は竿を動かして、あとは止めるんだって。ずっと動かしていたら魚は来ないから、動かして止めたら、パッと食いつくんだってね。

賀川:魚と言うのも不思議なもので、魚がいるところに餌を落とすことは大事だけど、自然のままに餌を流したり、時々は不自然に餌を止めてみることも大事なんです。そういうのは面白いね。

セルジオ:ボールは餌だからね。

賀川:あれだけ走り回っていたら大変だし、もったいない。これだけみんな上手くなって、これだけボールを回せるのに、あんなにしゃかりきになって走らないといけないのかなと。走り回りながら身につけてほしいものがあるのに。

セルジオ:ブラジルで、慌てたサッカーをやると、ハーフタイムに監督が「俺はシュート本数は欲しくない。俺は得点が欲しいよ」って。それだけです。いい状況になっていないのに打つなということ。日本でも新聞に「シュート力がない」という監督、コーチの話が出るでしょ。点が取れない理由は?と訊ねられたら、僕は「フットサル代表の選手を3人入れたら点を取るよ」と言うのね。サッカーはゴールなしでボールを回す練習をしているの。フットサルは、ゴールから近いところで回して点を決める練習をしている。

賀川:フットサルは奪ったらすぐにシュートレンジだからね。

セルジオ:あと、フットサルにダイレクトシュートが多いのは、相手が近くてトラップを入れることができないから。トゥキックで蹴ったりね。サッカー選手はボール回しは上手いけど、得点する場所へ行くと余裕がないんです。

賀川:みんなバルサのサッカーを見すぎたのかも知らんけど、あれがいいものだと思い込んでもね。みんなああなれると思ったら大間違いだよ。あれだけ相手を引きずり回して最後にノーマークになって点を入れるけど、もうちょっと前にシュートを打ったっていいんだよ。

セルジオ:バルサのサッカーを日本ができるようになったらアジアの予選に出なくてもいいんですよ(笑)。

賀川:特に日本みたいに全体でやるサッカーばかり覚えていたら、いくら11人が組織的にやっていても、一つ崩されたら終わりなんやね。日本も個人のレベルが少しずつ上がっていっているけど、そこへ個の力を持つ新しい選手が加わって、「こいつが加わったからチームとして新しくこれができるようになった」というのが欲しいね。例えば、バルサにルイス・スアレスが加わったからまた新しいことができたというようなものがなかなかないね。

セルジオ:バルサのイニエスタが言うんです。「メッシやネイマールではない。スアレスが来て変わった、あいつは凄い」と。

賀川:前へ前へという強さがあるね。

セルジオ:グアルディオラも言っています。「スアレスは昔のクライフくらいの影響力がある」と。

賀川:スアレスを入れたら合うだろうと考えた人が偉いね。

セルジオ:でも事件を起こしたあとでもバルサはよくとりましたね。またすごいお金でね。

賀川:でも実際にスアレスの試合での動作を見ていると、やっぱり上手いもんね。ああいうすごい仲間の中に入っても引けをとらないくらい上手い。

セルジオ:速く見えないけど、ものすごく速い。

賀川:速いし上手い。ボールを止めて次に移る時の止め方でもしっかりしている。

セルジオ:あと、アシストの仕方が憎いのね。

賀川:彼が来てから、メッシのスルーパスが一段と冴えるようになったし、またスアレス自身もスルーパスが上手くなったからね。

セルジオ:もちろん南米でも通用するし、イングランドのリバプールへ行っても得点王だったし、スペインに来ても得点王になっている。やっぱり本物ですね。どこへ行っても大丈夫。

賀川:噛み付いたりはしたけど(笑)、ちゃんとした選手ですよ。ウルグアイにしてもどこにしても、南米の選手自体は足下がしっかりしているということですね。

「地域」が一番大事なんだから

賀川:日光のアイスホッケー(H.C.栃木日光アイスバックス)のシニアディレクターを務めてますね。なぜあなたが応援することになったの?

セルジオ:たまに試合を見に行っていたんです。「セルジオ、面白いチームが日光にあるから行かない? 1泊2日で温泉に浸かって」、と言われて。入場料払って自由席で入って募金もして、ホテルに泊まって、夜に中心選手何人かと夕食をして、駐車場へ行ったらボールが出てきて遊んでいたら、アイスホッケーがオフのときにフットサルをやりませんか? と言われたんです。夏になって、アイスホッケーの選手らとフットサルをやったの。それまでは状況が分からなかったけど、「セルジオ、あのチームはなくなるらしいよ。セルジオが手伝いにくれたら残って頑張ると言っているけど、どう?」と言われて応援することになった。
 クラブチームの営業というのは、例えば1千万円以上の大口スポンサーでも、5万でも10万でも、あなたの自分のチームだよというイメージで売るんです。チームを持つのには億単位がかかるけど、あなたは1500万でチームを持てるよって言うんです。自分の社員に、「ウチのチームだよ」と話ができて、社員が応援に来るんです。そしたら地域と密着していくの。それが今のJリーグでは親会社のトヨタとかパナソニックに頼っているから、なかなか地域と密着しないの。だから5万でも10万でも大勢から少しずつお金を集めて、みんなに愛情を持ってもらうのがコツですね。それが実って、去年6月に借金ゼロになったんです。すると、今度はいい選手がウチに来るようになる。なぜかと言うと、あそこは本当のプロの気分になれる。社会貢献活動もできる。だから、それまで「あそこへ行けば危ないよ」と言った人が今度は、「あそこは楽しいよ」と言うようになった。それで、仕事のできる人がフロントに入って、給料ももらえるようになったの。それに元選手のフロント入りが4人になったんです。地域と密着するには、選手がフロント入りしてやっていくというのもいいこと。最終的には選手が社長になっていくと言うのが理想ですね。それにウチから市会議員が出た。それで情報収集とかコミュニケーションがよくなった。地域と密着するのに政治家を1人出すのも大事なのよ。ものすごく情報が入ってくるからね。そういうのをコツコツ勉強しながら、ああ、地域と密着するというのはこういうことだなと。
 ちょっとお金を集めて地元のジュニアを2年連続でニューヨークに送ったんです。そこでやっていた大会で2年連続優勝したんです。そしたら地元が親もみんな盛り上がりました。NHLのアイスランダーというチームと提携しているのでプロリーグも見られて、選手らとも会えるんです。そうしたら、関東とかいろんなところの子どもが、バックスジュニアに入りたいと言っています。ニンジンをぶら下げたのね(笑)。有望な選手をアメリカNHLにチャレンジで行かせたりもしています。

賀川:全く別の競技だけれども、サッカーのクラブの考え方でできたわけね。

セルジオ:そう。今、栃木SCがJ3に落ちて危ないんです。スポンサーもこれ以上は金を出さないよと。結局、(J2当時に)J1に上がることばかり考えて、地域と密着するということを全然考えていなかった。トヨタ、日産、日立みたいな親会社がないチームなのに、地域と密着することがどういうことか分からずにね。(J1に)早く来い、早く来い、金はこうして作れとJリーグが煽るんです。それでクラブがゆとりをなくしている。

賀川:Jリーグの運営をしているトップは大きいクラブでの経験者が多くて、「地域の自分たちのクラブから」じゃないからね。

セルジオ:Jリーグは会社で、チームは支店だと思っているのね。分配金を配っているからいいじゃないと。そうじゃないですね。それぞれの地域の差があるし、地域でお金を集める苦労もあるし、みんなが大都市ではないんだし、親会社が大きいわけじゃないんだから。

賀川:JFAでもJリーグでも中央にいてものを考えると、役所的になって、自分たちだけで考えちゃうからね。地域が一番大事なんだからね。

セルジオ:だから彼らに言ったのは、しばらくJ3でいいから地盤を作ってから上がれよと。借金まで抱えて上に上がって、命とりになって何もいいことはないよと。Jリーグの理念と言うのは、土日に試合が見られる喜びであって、J1に行くことじゃないよと。ナイター設備をつけなさいとか、そんなに金をかけさせてどうするんだというのね。

賀川:セルジオが一つの雛形をつくってくれたのはよかったね。

セルジオ:(アジアリーグアイスホッケーの)サハリンというロシアのチームとオーナー会議をしたときに、子どもの交流をしようと言ったら、即日光に来るといってね、初めて日光にホームステイの制度を作った。日光の親たちも分からないから最初は受けいれる態勢が少なかったけど、だんだん増えてね、一回やったら、次はウチもウチもやるといって、今度はサハリンに連れて行こうかなと思っているのね。そうしたら向こうは、子どものアジアリーグをやろうと言い出してね。面白くない? そういうのができるのはクラブチームだから。王子とかは企業だからやらないね。クラブチームのよさはそういう他ができないことができるということね。ただ、みんなに言うのは、それは生きのこるためだよと。企業チームは予算をもらってそれを使えばいいんだから。お客が入らなくてもいいんだけど、僕らは1人でも多く入るようにして、1つでも多くスポンサーを集めないと生きのこっていけないんです。

賀川:古河(注:アイスバックスの前身は古河電工アイスホッケー部)があった日光という町の特殊な環境があるにしても、いいところでできたね。

セルジオ:2014年に日本選手権で優勝しちゃったのよ。クラブチームで初めて。そういう結果も出て今はおかげさまで県知事も含めて、結構協力的に応援してくれています。なくなるチームをなくさない努力、という仕事だったから、まあ軌道に乗れば僕の仕事は終わったとみんな言うんですけども。

賀川:本来ならサッカーでどんどんそういうのができていないといけないのが、アイスホッケーでできたというのは面白いね。

セルジオ:まだ無償でやっているんです。お金がなかったから、無償でやることによって「旗」になったんです。セルジオがあそこまでやるなら応援しようとなるんですね。一つ覚えたのは、名誉職でいることが大事だということ。そのおかげでビジネスがいろいろ生まれてくるんですよ。給料をもらうことでおかしくなってくるので、そこで無償でやる「旗」になったのね、だから協力体制がものすごく強いんです。「こんなにやってくれている」と周りのサポーターから神様みたいに扱ってもらっている(笑)。昔のサッカー協会と同じですよね、長沼さんとか岡野(俊一郎)さんとか。

賀川:今は会長職もお金をもらうようになったからね。

セルジオ:おかしいじゃないですか? 例えば、昨日も尼崎へ行ったらみんなボランティアで子どもにサッカーを教えている。その頂点がサッカー協会ですよ。全国のボランティアは自分たちのお小遣いを使いながら子どもたちにサッカーを教えているのに、そのトップは何千万もらっている。これは不自然な社会だと思いますよ。「旗」になったら、社会的にもっと支持されるんじゃないかと。僕は、Jリーグのクラブも社長の上に会長を作れと言っているのよ。会長は名誉職で。社長は親会社の人事で来てもいいんだけど、それは仕事をする人。地域の人が会長になって、その人は水戸黄門みたいになって、名誉職を無償でやる。Jリーグができて25年も経ったら、そんな役職も企業から地域へ、もっと流れていかないと。そうでなかったら今よりもお金が集まらないんです。大きくならないです。アイスホッケーで学んだことがサッカーでもできないかなと。

25年経ったから「点検」を

賀川:日本のサッカー自体はみんなのおかげで協会も大きくなり、サッカー界も全体に大きくなったけど、このあとはどう?

セルジオ:百年構想(1996年の「Jリーグ百年構想))の4分の1が過ぎた。そろそろ昔よりもよくなったと言う言葉は忘れないと。それが慰めになって前へ進まなくなるし、まだまだチャレンジするところがいっぱいある。補欠をどう失くすか、少子化対策はどうするとかね。あとはフットサルなどの環境をよくする手伝いを協会がしてあげること。潤っているところもあるんだけど、困っているところもあるんだということを、25年経ったんだから、1回点検したらいいんじゃないかな。

賀川:フットサルは、フットサル連盟とかもがんばっているでしょ。この間、フットサルのU-18の大会(ユースフットサル選抜トーナメント)を見に行ったらものすごく面白かったんだけどね。あんな面白いものをやっているんだから協会自体が、もっと観客が増えるように、「ちょっとくらい見に行ってくれよ」と記者クラブなどに働きかけないと。

セルジオ:フットサルは名古屋オーシャンズに頼っていて、女子はINAC神戸に頼っているんです。この両クラブがなくなったら、サッカー協会の仕事がどれくらい足りないかが分かるはずです。このふたつのクラブの経済力と規模に頼っている。そこがたまたま両方ともアジア予選(フットサルワールドカップ、リオ五輪女子サッカー)で負けたから、これはちょっと見直して、対策を組んであげないと。なでしこは優勝して国民栄誉賞までもらったし、フットサルはワールドカップにも出ている。これからはそのお返しをしてあげたらいい。今はどちらも勢いがなくなっているから、協会から「21億黒字だったから、みんなに2億ずつあげる」と言えば、それだけでもよっしゃ!となります。ただそれは無駄にしないでちゃんと頑張れよと言ったら、「見られている」という雰囲気になる。それが大事だと思います。

賀川:せっかくここまで来ているのに、足踏みをするのはもったいない。

セルジオ:サッカーはA代表だけじゃないという認識をもう一度みんなが持つべきじゃないですかね。

賀川:INACだって、もっと神戸のファンが試合を見にくるようにならないといかんし。名古屋オーシャンズもそうやね。

セルジオ:2つがずば抜けている。でも2つがなかったら、女子サッカーもフットサルも成り立たないと思うよ。頼り切っているからね。それを応援する義務が協会にはもう少しあるんじゃないかと。協会の会長選挙を田嶋(幸三)と原(博実)がやったけど、残念ながら、なでしこのこともフットサルのことも、公約の中で一言も言わないのね。そして、偶然両方とも予選で負けたのね。そこは新体制としたら大きな宿題じゃないですか。

賀川:協会としていろいろな種目はあるけど、今度はこことここは少し重点的にやってほしいとかいうふうに考えをまとめた方がいいのかな。

「補欠」をなくしたい

セルジオ:難しい問題はいっぱいあってね。去年、少年サッカー大会を12月に鹿児島でやったらしいんです。なぜかというと、夏を過ぎても続けていくことで、冬には6年生が成長して、もっとレベルが上がるからって。これは素晴らしいなと思ったら、親が中学受験の真最中の時期だよと怒っているというのね。これが日本の一つの壁です。高校選手権も受験を考えると一番厳しいときですね。野球は夏にやるからまだいいけどね。そういう点も日本の文化を考えて調整していかないと、サッカーをやる子が減っていくこともあるんじゃないかな。

賀川:たくさんの子どもたちにサッカーを普及させてくれて、厳しい批評をして、ここまでやってきて、アイスホッケーのクラブのこともやった。後は何をする?

セルジオ:普及のお手伝いをしたという誇りを持っているから、「補欠」という言葉をなくしたいのね。1校1チームはナンセンス。サッカーをする子は増えたけど、試合に出られない子が増えて30人の活動が220人になっただけ。僕はサッカーをする子を増やすことに貢献したから、すごく心が痛むの。大会にエントリーする子だけが登録すべきであって、出ない子はフリーにしておくべき。みんなを登録して拘束してしまうから補欠が発生するんです。出ない子には違うところで出るチャンスを与えて、層を厚くする。なんでそれが実現できないか不思議でしょうがないの。補欠のない国は登録で拘束しないで、大会ごとに登録するの。例えば、インターハイに高校のチームでエントリーしたら、余った子はクラブチームの大会に出ればいいんです。高校選手権に出る高校に通っているJリーグチームの子も、そこにエントリーすればそこで出られるというようにすればいいんです。僕が日本に来たときと、試合に出るピラミッドは変わっていないのよ。ある先生は、「ウチのBチームはあっちのAチームより強い」って言う。あなたのBチームより弱いチームが試合に出て、あなたのところのいい選手がスタンドにいるじゃない。それじゃ日本のサッカーのためにならないよ。ずるく言えばいっぱい集めて他のチームを弱くして勝っちゃってるだけ。なんでAとBで決勝ができないんだって。そのあたりをちょっと工夫して各地域で連絡しあってやればね、「こんなにいい子がいたの?!」って、Jリーグにも日本代表にも結構出てくると思いますよ。英語でも何でもいくら検索しても、「控え」「リザーブ」は出てくるけど「補欠」って出てこない。リザーブと補欠の違いはベンチにいるかスタンドにいるか。補欠というのは、登録制度が作っているのね。普及するほど補欠が発生するの。昔はサッカーする子が少なかったから分からなかったけどね。

賀川:今は出られないほうがはるかに多いわけやね。

セルジオ:学校ってどうして1チームしか登録できないの? ブラジルは補欠がないから強いんだよ。日本もテニスとかゴルフとか個人種目は結構、世界で戦えている。団体種目はダメだよね。これだけ経済力があって、道具も買えて、練習もできるのに、もったいない。それで「補欠なのに偉い」とか、都合よく褒めるんです。かわいそうなのよ。登録で拘束するから補欠になるのよ。使わないなら登録で1年間拘束せず、自由にしていろんなチームで試合を体験できれば、レベルが上がるんです。学校は学校、クラブはクラブで両方出られたらいいね。ブラジルでは学校でやらないからたまに地域でいくつか集めて学校対抗をやるんです。そこでは学生手帳を持って行かなかったら出られないんです。外から引っ張ってきていないかをチェックするんです。コリンチャンスでやるときはクラブの登録のカードがあるんです。それで代表に選ばれたら、パスポートが必要になるでしょう。こんなふうに3つ持たせたらいいじゃない。もう少し柔軟にやれば面白いかなと思うんです。

賀川:そうか、それはええ仕組みやね。

セルジオ:高校選手権に出ない子はガンバとかセレッソとかのクラブでも出られるとか、なんでできないのかなと思います。だって、国体とかだったら県の代表に選ばれたら出られるでしょう。それは学校やクラブとは別のチームでしょ。僕なんか、複数のチームでやったから上手くなったと思っているからね。違う人とやるとものすごく伸びるんです。補欠をなくそうという運動をして、もし実現できれば、日本に来て日本のスポーツに貢献したと最後に満足できるかなと思います。

(2016年3月)


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